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【占いの本】乙女座 石井ゆかり (追記あり)



占いなんて普段流し読みとかネタとしてしか読まないのですが、そういう人も夢中になって読んでしまうと聞いたので、先日からツイッターでフォローをさせていただいてる石井ゆかり先生。
毎日の「今日の占い」が面白くて。
占いって、解釈次第でどうとでも、という部分が少なからずあると思います。そういうことを念頭に入れつつ読んでも面白い。おお、これは。
と、思い、さきほど購入してきました。
帰りのバスの中で半分くらい読んでしまいましたが、まあ、どんぴしゃ。
かなり、どんぴしゃ。
私のこと知ってるでしょ?と言いたくなるくらいどんぴしゃ。
私はよく、口が悪いとか、人の気持ちを考えないとか、そんなふうに怒られますが、その部分をけなすんじゃなくてこういう人だからこうなんですー、と優しく説明してくれています。
おおおー
おおおおーー

これはちょっとすごいです。
あと半分読むのが楽しみです。
ってか、ほかの星座のも読みたいです。


<<<つづき>>>
最後まで読みました。ほとんど一気読みでした。
私は乙女座のB型です。B型はもう典型ですので、いろいろ言われます。慣れてます。
B型はガサツでマイペースで空気読まなくて自分勝手でテキトーで無神経で云々カンヌン…
慣れてます。
乙女座は「乙女らしい乙女座なんていないのよ!!」
反抗する気はありません。。。
けど。この本を読みますと。たくさんあります。

『乙女座が皮肉屋で他人に厳しい、とされるのは、悪意からでなく、その不器用なほどの善意からきています。乙女座のアドバイスが時に人を激しく傷つけてしまうのは、それがまぎれもない真実であり、相手のアキレス腱だからです。
身体が頭で、頭が身体。
そんなしくみを持っているからこそ、乙女座は限りなく正直です。』…P31より

こんなふうに認めてもらったこと、ありません!!ありがとう、ありがとう。ウルウル。

『精神の細やかさと肉体的なコンディションが直結していて、ストレスやプレッシャーにさらされたとき、体調を崩しやすいところがあります。その一方で、何か大きな仕事を成そうとするとき、無尽蔵に思えるほどのタフさを見せます。』…P36より

石井さん、あなた、私のお友達??なんで知ってるの??
私はストレスを受けると、すぐにゲーゲー吐くし、精神バランス崩します。パニクります。
それは神経症故なのでしょうけれども、逆に言えばこの神経症は乙女座の特徴??

石井ゆかりっていったいどんな人なの!!とサイトを巡ってみました。
印象的だった一つ。ここ

おもしろい。
このひとは、興味深い。
たぶん、同年代だろう。と、おもう。

これからもチェックしたいと思います。

イティハーサ

イティハーサ (第1部 〔1〕)

先日からなんか急に読みたくなって、3回目か4回目かで読みました。文庫版全7巻ほぼ一気読み。



……すばらしすぎる……

読むほどに深さを感じます。
話の深さと、絵の美しさ。
若い頃に読んだときは、なんか宗教に絡む難しくて深い話!て感じに思ってたのですが、年齢を重ねたせいか、人生経験を積んだせいか(?)深さにはまって、自分の浅さが情けなくなったりとかしてしまいました。
幸せってなんだっけ。とか。
過去を消して安息に浸るのが幸福ではない。とか。
ああもう、なんという。

今回はもうとにかく一狼太と比々希がもう愛おしくて愛おしくてもう、なかでも一狼太なんて、自分のやってることに納得できなくて逃げてきて、そこで自分の場所をみつけて、でもいられなくて戻っちゃって、あんなにめちゃめちゃ腕立つのに桂のことしか考えてらんなくて、若い娘がつきまとってるというのにコロスコロス言うて構わんし、桂が死んだと思ったら廃人同然になっちゃうし、生きてるって分かったら元気になっちゃうし、でも結局大好きな桂が大好きなこの男に殺されるんでなきゃオレやってらんね的に身を振るし、もうほんとになんて可愛い子なんでしょうか。と、だいぶ感想が変わりました…。おばちゃんですね…

この壮大さは、百億の昼と千億の夜にも似たスケールで、「シ」って誰やねん、というのと、「目に見えぬ神」って誰やねん、何したいねん、ということと、「幸せって何やねん。自分で決めらぁ。」という共通点を感じました。
はぁ。もいっかい読もう。

笑う大天使

笑う大天使(ミカエル) (第1巻) (白泉社文庫)

萩尾望都ファンのアタクシですので、この「笑う大天使」のキーワードはしばしば聞いていました。

先日、新たなマイフェイバリットマンガがほしくて本屋を彷徨っていました。
漫画専門本屋だと、読んでみようかしらの選択肢が多すぎて完全迷子になるのです。
・・・いや、わたし、先日気付いたんだけど、自分はなんでも読む人だとは思うんだけど、なんてーんだ、目の大きさが顔の半分くらいあって三等身になったりありえないくらい巨乳だったり系は読みません。無理です。これたぶん男性向けね。で、画力ダメダメなのにハシタナイ系も無理ね。これターゲットどこなんでしょうかね。あと、ボーイズラブも無理です。ボーイズがラブになってしまう作品を嫌いと言う訳ではないのですが、あからさまにボーイズラブジャンルにカテゴライズされてるのは無理です。
だって、美しくないのと美しくないのが美しくないラブしてても面白くないじゃん〜・・・

話が反れました。
唯一の購読雑誌flowersは面白いです。でも、萩尾さん以外は文庫で買い直しはしませんです。
雑誌で満足なので。
あとは、妹が漫画大人買いする人なので、のだめももやしもんもハガレンも幽遊白書も手塚治虫の多くもほかいろいろ、全部妹に借りました。
まーアタシが芝居一本観に行く価格で漫画10冊くらい買えるし。どっこいどっこいか。
flowersつながりで季刊(?)「凛花」も読んでいますが、さくらがりは全く読めません。無理です。ちょっとくらい頑張ってみようと思って試してみたけど3ページ耐えられませんでした。無理です。無理なのに、毎回ページ数多いんです多分。電話帳より分厚いので、読むの大変なので、嗜好にあわないのは頑張って読まないことにしてるんだけど、毎回その「読まなかったページの厚さ」に呆れます。
ものずきっているんだなー
他人の嗜好をどうこう言えないんだなと実感しています。

また話が反れました。
で、自ら開拓したいと思う漫画にピンとこなくて泣きたくなり、楳図かずおを買おうかと漂流教室に手をかけていた近くにありました。笑う大天使。

・・・これ、読んどけ、オレ。
萩尾好きなら読め。遅すぎるくらいだ。

川原泉はたぶんはじめて読みました。
竹本泉なら小学生の時読んだと思います。

どぁー!!
噂には聞いていたけれどメリーベル的なのが登場しーの、「ラオウより強いケンシロウ」ネタは、昔なんだかんだで結局借りて最後まで読まざるを得なくなった「北斗の拳」の記憶のおかげで面白さが分かり、更に超人ロックも出てきてくれてアタシはもう、面白すぎて腹筋痛かったです。超人ロックは完全に予想外でした。負けましたごめんなさい。面白いです。

川原泉、ほかのも読もう。

陰翳礼讚

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何年も前に読んでるのだけど、その頃はなんだか言われる程は心に響かなかったのです。

そんなこといわれてもさー

というのが当時の心境だったのかな。と、今回読んで思いました。

光って、本当はむかしこうだったから、こういう構造に作られてるのに、今現在の技術でこんなにやったら当時の意図がどっかいっちゃってるじゃん。

というところが、きっと、以前読んだときは、理屈でしか頭に入ってこなかったんだけど、今回は、経験があるからこそ実感として感じられるのかもしれない。

と思いました。

というのは、歌舞伎や文楽が上演される場所や、お座敷など。

電気照明がない時代に工夫された化粧法などなどなのに、今現在、これでもかというほど煌々と照射しまくることについて。

・・・やりたくなくても、照射される人が「もっと!!!」って言うなら限界までするのが仕事ですし〜 でも本来はこうであるはずなのだよ〜〜

と、愚痴を言い合うような。

そういう本なんだなと、今回気づきました。

旅行に関する話も、なんだか今回はとても共感しました。

奈良への旅行を、特急を使わずにノコノコと車窓を眺めながらゆき、ホゲーっとしながら楽しむ。

とは書いていませんが、私もそういう旅行が好き。

たしか前にこれを読んだときもこういう旅をしてた気がするのだけど、きっとまだ経験値が浅くて、そんな旅がステキなの!という自覚が浅かったのでしょう。

桜がまだ咲いてない吉野山あたりをノコノコ散歩したのも楽しかった。

明日香へのド田舎路線にホゲーっと乗ってたのも楽しかった。

有名どころの古墳から逆行して、当時まだただの雑草生えた坂道だったキトラ古墳に徒歩で行ったのもいい思い出。 そんな旅、好き。

経験を重ねたからこそ、もっと経験が浅かった頃よりも共感できたのだろうな。

そう思いました。

本もそうだけど、映画でも、なんでも、むかしよくわからなかったものが数年後とても興味深く感じるものだなあと思います。その逆もあって、むかしは愛して止まなかったものが稚拙に感じたりもしますね。それはつまり、自分が変化しているのだなあと思います。

とはいえやっぱり、古き良き名作は印刷された活字で読みたいなと感じました。

今回はもちろん印刷された書籍で読みました。ニンテンドーDSの、名作全集だかなんだかを買おうかと手に取ってみたりはしたんだけど、古典的名作はやっぱり、できれば古書で読むのがいい。古い文字遣いだとなおいい。

とはいえ、古事記なんかはどうやったって新しい(近代の)印刷物でしかあり得ないんですけどもね。。。

夏目漱石とか鴎外とか、DSで読むのより絶対、紙がいい。

紙が日焼けしてページをめくるたびにメリメリいって、破かないようにそーっとめくりながら、ときどきダニみたいなのがノコノコ歩いてるのを吹き飛ばしたりしながら読む名作が好き。今回のこれは自分で買って自分で保管してただけなのでそこまでボロくはなってないけども。宮沢賢治なんかは絶対、旧仮名遣い、旧漢字のを、図書室のにおいのする紙の本で読むとステキ。

秋の夜長は忙しいね。次は何を読みましょう。

通勤の車内の十数分も読書をしていたい秋です。

のだめカンタービレ #20

早く読みたいけど絶対父が買ってるから待つ!どうせうちにくるんだから!

と、ジリジリしながら待ってました。
先日の母の白内障の手術のとき、待ってる間に父が読み終わって私も読み終えました。
父が、おっ、20巻出たのか、と知ったのが、割と近くに住んでる従姉(私の従姉なんだけど父との年の差の方が近い)が買ってきたからだそうです。「読み終わっていらんかったらくれ」と言ったものの、今日買ってきて今日はくれないだろうと諦めて自分で買ったのだそうです。
なんですかこの大きな子供は?
父は私以上に音楽に無知なのですが、相当面白いらしいです。
コンサートマスターという役割を覚えて「きよらの役割だ!」と大威張りしています。

そんなことはともかく。
ネタバレしてます。

今までも面白かったけど、また面白くなってきたなー。
芸術分野において、恋と、相手のセンスと技量に魅了されて惚れ込むというのは非常に似ていてちょっと違ったりするそのラインのズレがなにげなく描かれていました。
ユンロンやターニャのように、もうこれ以上はどうにもならないと自認して別の道を考え始めるところはものすごくリアルです。えっあなた普通に会社員になるの?えっ、それでいいの?とか、んーまだじたばたしてんのーどこまでいけると思ってるわけーとか、そういうのってすごくあります。

それと、マスターヨーダがなんであんなにのだめにスパルタなのか、のだめがあまりにもマイペースすぎるからなのかなんなのかと思ってたら、千秋も驚く程の課題のボリュームだったというところ、それでスパルタ練習をしたらヨーダが目をまるくしたところで感動してしまいました。できるはずなのになかなか気づいてくれないなぁ〜ってところだったのでしょうかねえ。

大笑いしたのは千秋のモノローグ。
「もうただのニンジンじゃいられない いっそオレを食ってみろ!」
待合室で声を殺して腹抱えて笑いました。

あとー
のだめと千秋はやっぱりそういう関係なのかー
そうだよなーこの連載kissだもんなー
これでもそういう描写少ない方なんだろうなー
と、ストイックストーリのんが好みの私はちょっとガクッときてしまいました。

もうそろそろのだめコミック内で使われてる曲がどれなのか知りたい限界に近づいてきました。CDショップのぞいてこよー。

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか

この本を買ったのは、先日感想を書いた解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理を買おうと思ったとき隣にあったからです。

私自身の構造を知るには、病名そのものを探しても素人ではらちがあかないみたいだし、というのも、私が診てもらってる医師たちは、さくっと病名をつけて、だからこう処置しましょーって問題ではないのだわさ、というような言い方をしておりますので、私にはわからないのです。それはつまり私が病名を知ることは重要でない、ということはべつに知らなくてもいいいってことなんだろなと思うのですが、それでも、絡まった毛糸玉をほぐすには端と端がどこにあるのかみつけたいわけで、それは自分でできるような気がしてきたから。だから、本を探しました。

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理では、解離のしくみとか構造とかそういったところがわかりました。
パーソナリティ障害というのは私はたぶん言われたことないです。パーソナリティという単語はカウンセリングで出てきた気がするけど、やっぱり「障害」はつけられてませんでした。言われたら多分少なからず衝撃を受けて覚えてると思うのです。覚えてないってことは言われなかったんだと思う。
パーソナリティ障害というのは、性格以前の問題らしい。
それはあなたの性格が悪いだけなんですはい終了ー。ということではないんですよ。というようなことを伝えてる本でした。
イコール人格障害だそうだ。言語を変えただけで差別的要素が減ると思うのは日本語のよくないところだなーと思います。日本語で違う言い方できなかったのかしら。まあそれはこの著者の先生の問題ではない。
著者の岡田先生は、なんだかんだなんだかんだの経歴の後、医療少年院にお勤めだそうです。大変そう!

私は自分がゲージュツ系の路線を歩んできたゆえ同類とともに過ごした時間の充実感やなんやかやのせいでしょうか、私自身変な人とはよく言われますが、大学時代に自分のあった位置を考えると私ってものすごくなんともないタイプの人間だったと思うのです。でもたまに、もう無理これ理解不能!という性質の人もおりますね。ほっとけばいいタイプの人は関わらなければいいんですけども、逃げようがない人っているじゃん?そのほか、自分の性質に気づいているんだけど改善策が五里霧中で堂々巡りを繰り返す身近な人もおります。私も含め。
そういうところのヒントになるかなーと思ったのです。
このあたりの単語は前から知ってはいたけど、なんとなくまだ目を通さない方がいい気がしてました。もういいかなと思って読んでみました。

この本にはパーソナリティ障害のタイプ十種類の特徴と背景、接し方のコツ、克服のポイントが夫々に書いてあります。「パーソナリティ障害」が並んでくどいので頭だけ。
◆境界性
◆自己愛性
◆演技性
◆反社会性
◆妄想性
◆失調性
◆シゾイド
◆回避性
◆依存性
◆強迫性
巻末に、パーソナリティ自己診断シートがあります。あえてこれをやる前に本文を読みました。
自己愛とか反社会性とか依存性とかは私は違うんじゃないかなーと思いつつ、こういう人いるいるいる!って感じでした。それぞれ、有名人の人生やエピソードから、これだったんじゃないかなーという解説が入っています。チャップリン、ココ・シャネル、ダリ、夏目漱石などなど。依存性のところでは、映画「ギルバード・グレイプ」が出てきて、ジョニー・デップとレオナルド・ディカプリオの映った一画面が写真にうつってて驚きました。まさかこの本でジョニー・デップの顔が見られるとは微塵も思っていませんでしたから。この作品でのギルバート青年が、献身型の依存性じゃね?みたいな話でした。
なるほど。
それで、この本がすごいなーと思うのは、「もうこの人の相手無理!」って人にどうすればいいかを述べてあるところです。それが「関わるな」「さからうな」ということであっても、その対応がどういう展開の可能性をもつかも述べてあるので、「そうか!」と思えました。医療少年院にいたら、無理な相手でもなんとかしないといけないもんなー、すごいなぁ医者って・・・

読みながら、失調性(スキゾタイパル)って言葉の意味がわからないけどこれ私だなー、でもシゾイドもなんか言葉がよくわからないけど近いなー。と思いました。
読み終えて、自己診断やってみました。
基準値をひとつ超えたのが失調性とシゾイドでした。
基準値ぎりぎりだったのが強迫性と妄想性でした。
まあ、目安でしかないでしょうけれども。
ははぁ・・・・・って感じでした。
これ、妙な占いよりもあてになりますよ。
失調性(スキゾタイパル)は、統合失調症に近いか同じ遺伝的素因を持ちながら、発症してない状態と考えられるそうです。マイペースなんだって。ってことはB型あるいはO型の血液型遺伝子のなかにそういったものが含まれるという研究は進んでいないのですかね?うちの父方家系猛烈マイペース集団でわけがわかりませんよ。誰か研究してください。
シゾイドは、統合失調質ともいうそうです。前の言い方だと分裂質です。なんだどのみち失調してるのか、失調ってなんなんだ?と、さっき調べてみました。シゾイドは私よりもっとおとなしいタイプのことを言うっぽいけど、でも私かなりこれだなぁ・・・
強迫と妄想はもうこれしょうがないです。あはははってかんじです。


そろそろ認めないといけない気がするのです。
私は子育てに失敗された人間なのです。
医者はそうは言いませんけどね。失敗作だなんて言いませんよね。
ちょっと前までは、自分の異常さを持て余して、更に失敗作だなんて自認したらもうゴミは死ねというパターンの思考しかできませんでした。
神経科に通いだしてもうすぐ7年になります。
腕を切り刻んでいたのはもうぼんやりとした過去のような気もしますが、医者からすれば「こないだ」らしいです。「まだまだ」らしいです。
頑張るのをやめて、死んでるみたいに生きてればいいやと思ったのはいつからだったかもうよくわからないけれど、なんとなくすぅっと、なんかもうなんでもいいやーどーせオレは失敗作だけど生きてんだから生きてかなきゃしょうがないんだからなんとかせなぁーだし黙ってても明日は来るしいつか死ぬしそれは明日かもしれないし40年後かもしれないけどもうなんでもいいやー。というような意識に変化してきたような気がします。
変化しきったとは言えないと思います。
きっかけはなにかと問われたら?
仕事を転々としたとか、そういうとこかもしれません。よくわからない。
たぶんこういう意識の変化は誰かに説教されてもできるもんでなし、自分で努力しても変わるものでもないんだと思います。誰かに誘導されて、ということかもしれません。
それは何年も何年もかかる気長な誘導だと思います。

私は子育てをしたことがないけれど、失敗作の立場として言えることは、子供を責める前に自分を見てください、ということです。
自分の無意識の言動が、あるものを写していて、それに対して示されているのが子供の性格傾向なのかもしれません。
こんなに異常な子供として扱われて大きくなって、人間として生まれたことを批難されながら大人になって、病気になって、自分で自分に刃物を突き立てて、自分で病院に行って、通院代も自分で稼いで、無茶苦茶にされた子供時代と今を抱えて生きているのに、私をこんなふうにした大人たちはケラケラとわらっているのです。不条理を超えて生きるには、これもひとつの障害なのではないかと思います。苦しみの記憶をスルーしてしまうこと。
そりゃ解離もするわなって話です。

じつは最近、3年程過去から病院通いを始めた7年前くらいまでの記憶がぼんやりとしてきています。いらんくらい事細かに覚えていたはずなのに。ただの加齢ボケでしょうか。自己防衛でしょうか。そのあたりのことはあれこれ日記とかなんや書いてデータで残ってるはずではあるんだけど、そんなことして思い出す必要ないからほっといてます。このまんまいろいろ自分に都合の悪いことは忘れてゆくのでしょうか。辛かったことは忘れてゆくのでしょうか。一緒に幸せだったことも忘れるのではないでしょうか。

生きるヒントとかそんな言葉で誰かに勧めたりはしませんが、今の私にはいい本でした。

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理

新宿で長時間をつぶさないといけなかったので、そうだ、本屋、行こう。と紀伊国屋に行き、精神衛生の本を見よう。と思いそのコーナーへ。医学書のところにも若干はあるんだけど、専門過ぎて理解困難なうえ高価。扱ってる範囲が広すぎて私にはむーりーこれもむーりーどれもむーりーたぶんむーりー。と思ってたら、違う階にも関連本がある旨貼り出してあったので、いってみました。ありました。もうたくさん。
素人向けに書いた本・・・とザザーっとみると
うつ、うつ、うつ、うつ、不登校、自殺、うつ、うつ、自傷、うつ、境界性人格障害、うつ、・・・・
というようなラインナップ。
むきゃー
オラはウツじゃねんだぁ〜
ウツ状態だけどウツじゃねんだぁー
生き方指南本にも興味はねんだぁー
とあきらめそうになってたら、これが平積みになってるのを見つけちゃいました。
なんだ、あるなら早く言ってよ。
しかもお値段税込み710円とリーズナブル。2,000円は覚悟してたので、悩まず購入。あんまり安かったものですから勢いで隣にあったパーソナリティー障害の本も買ってみちゃいましたよ!
実店舗の本屋さんってやっぱり必要ですね。

私の病気は、鬱病じゃなくて、ボーダーラインでもなくて、不安神経症だとか軽いパニック障害だとか分類してもらったことはありますが、カウンセリングの医師から「解離だ、離人ってか解離です、典型です。」と言われました。解離性障害と「障害」を付けて宣告されてはいないと思うけど、まあとにかく解離だそうです。
それで私はどうすればいいんだろうか〜
といろいろ行き詰まって半年くらいカウンセリング行ってません。

で、これを読んでみました。

私のために書かれたのだろうかと思ってしまいました。

女性に多い、作文や美術が得意、空想傾向、演劇経験がある、自分を俯瞰する、アリスの世界のようにものが大きく感じたり小さく感じたりする、自分が斜め後ろにずれている、失声症(経験有)、頭がいろんなものでいっぱいになる、人が怖い、誰かに襲われるのではないかとビクビクしてる、駅のホームで誰かに押されるのではないかと思って怖い、手首を切る、大量服薬、などなどなどなど、いちいち、これ私の症例!?と思ってしまいました。
私は交代人格はたぶんいなくて(気づいてないだけだったらもうわからんが)、家に一人でいてもカーテンの隙間から誰かが見てる気がするってのは皆無ではないけどそういうのは誰でも少しはあると思ってたしそれ自体は特に悩んでいないんだけども、まぁ、こういうことを、実際にこの症状で苦しんでるわけではない人がよくここまで詳細に分析したもんだとあっけにとられてしまいました。それは博士なんだからあたりまえかもしれませんが。
私がみてもらってるカウンセリングの医師はどこの系列のドクターなのか知らないんですけども(カウンセリングだけしてもらってるけどお医者さん。出身校とかをいちいち出さない方針のクリニックっぽい。)私が今まで出されたキーワードの出てくること出てくること出てくること。うは。と目を丸くしてしまいました。
カウンセリングってただなんとなく話を聞いてるんじゃなくて、研究理論とかメソッドとかがあるんだなぁって、あったりまえなんだろうけども、それを確認できた気分です。

仕事で歯科の電子カルテインストラクターをしたことがあって、そのとき歯科治療の流れを詰め込まれたんですけども、歯科って、病名がまずついて、そこから処置の流れはもう最後までできてるんですね。医科の電子カルテのことはわからないけど、医科の医師である従兄に歯科電子カルテの構造をざっと説明したら「ははぁ〜。ま、でも歯科だからできるシステムだぁなぁ〜医科じゃあぁそうはいかんち。」と言ってたのでそうなのでしょう。しかも、この本にもあったけど、精神科は、検査をしたら処置方法も決まるってわけではない。CTスキャンして「あなたはナントカ性人格障害です!」ときっぱり分かれば苦労は減ります。減らないか。

著者の先生は、患者に対してあたたかく向き合っている印象を受けました。きっと患者が言ってることはなんだかわけのわからないことばかりだと思うのですが、それをいろいろ拾い上げて分析して研究している。このひとは何故こうなったのかな?と要因を捜す。激しい症状に対して、それを抑えるための薬を処方する。この本では具体的な薬の名前などはあげられていません。

内容の構成は

第一章 解離性障害とはどういうものか
第二章 解離以前の体験
第三章 彼女たち(彼ら)はどのように感じているか ―解離の主観的体験
第四章 解離の構造
第五章 外傷体験は解離にどのような影響を与えるか
第六章 解離の周辺
第七章 解離とこころ ―宮沢賢治の体験世界
第八章 解離への治療的接近

です。
解離を体験してない人は、身近な人が解離症状にないと、いったい何の話をしてるのかわからないかもしれません。実際の患者である私は、あまりにも自分の精神世界を明確に示されているものだから、あらゆるオカルト現象はこの先生をもってすればすべて精神医学的に説明がついてしまうのではなかろうかと本気で思ってしまいました。というのも、魔女狩りやエクソシストの話まで出てくるからです。魔女狩りとヒステリーとの関連性はどこかで聞いたことがある気がしたんだけど、狩られた魔女がヒステリーなのかと思ってたら、狩った周囲の人間の思い込みの連鎖だったのか??ちょっとそのあたり読み込みが足りてません。
ヒステリーという病名は今は使ってなくて、ヒステリーの語源は「子宮」の"hystera"からきてるんですって。女性に多くて、「子宮がおなかのなかで暴れてる」ってかんじだったそうです。ちなみに神経症という病名もヒステリーと同時に消えたのですって。そうだったのか!
私のはたぶんヒステリーと言われてた類いの解離とは違うと思うんだけども。

これは、もう一冊買って親に与えようと思いました。
あのひとたち、全然努力してくれなかったから。
これがあたしの病気です。ってポイって与えてみようと。
読まない気がするけどいいや。

で、私はこの先どうすればいいのかを知りたかったんだけども、「私を眼差すしっかりとした存在」というイメージを膨らませてゆくこと、というようなことらしい。

んー
わかんないよー

環境が悪かったから解離になったのか、もともと空想傾向があって作文と美術が得意だから過酷な環境にも解離して生き延びられたのか、どっちなのかは誰も知らないことでー
誰も知らないってことは医者も知っててー

私って本当に笑ってしまうくらい解離の典型だったんだなと認識できました。

宮沢賢治の世界観を用いて解説をした章があります。
宮沢賢治の作品は、視点がするすると移動するのでなんだか読みながらつるつるするなーと思ってたんですけど、そういうことだったのか。わたしあんまり没頭すると戻りにくくなるかもな。

解離の治療の方法の一つに、家族との連携を計る、というのがあるそうなのだが、これ私には使えない技だな。
でも解離性障害は、なおるんだって。
物心ついたときから解離してるのに、治るのかしら。
治ったらわたしどんな人間になるんだろうか。

またカウンセリングに行こうと思います。


2009年5月、これに絡んだエントリ追加しました。こちら。

太陽の黄金の林檎

ブラッドベリですよ!

男も女もブラッドベリを読め!

この書影じゃ表紙がわかんないけど、帯の下にあるのは恐竜と郵便ポストと土星(?)という特に面白くもなさそうなイラストの表紙だけども、いいからおまいらブラッドベリを読め。

心酔。

中学校の教科書でしたかね、霧笛が出てきたのは。
まだ国語に文法がどーのこーのが出てこない頃(いや、文法出てきてたか?)、古文とかなんやかんやがめんどくさくない頃、国語なんて教科書数ページを延々とつまらなく語ってる授業の意味わかんね。と思いながら、教科書はだいたい先に読んでしまい(国語だけ)くそつまんねーつんつんつるんぶとかこんな遊びは教わらんでええわい!!と毒を吐く可愛くない中学生だった頃。国語しかわかんないのに国語がつまらなくてどうしようと真剣に悩みかけてた頃。

なんじゃこりゃあああああーーーー!!

おいおい恐竜かよ、と思ったんですよ最初は。
でも極々真面目なんですよ。
どんどん吸い込まれてゆくではないですか、その世界観に。
まだまだものを知らない中学生の、貧相な想像力で、燈台が破壊されるところとかを想像したものです。
河童の皿の想像は面白くなかったんだけど(草野さんごめんなさい)これはもう!
どうしよう!
どうしよう!
と興奮したものです。
授業のことは全然覚えてないんだけども・・・さらっと流して終わりになって「ちょっとまてー」と思ったような気がする。

そんな霧笛が1本目を飾る短編集「太陽の黄金の林檎」。
「たいようのきんのりんご」と読むんですよ。
原題は "The Golden Apples of the Sun" です。
日本語って時に素敵ですね。

収録作品
・霧笛 The Fog Horn
・歩行者 The Pederstrian
・四月の魔女 The April Witch
・荒野 The Wilderness
・鉢の底の果物 The Fruit at the Bottom of the Bowl
・目に見えぬ少年 Inbisible Boy
・空飛ぶ機械 The Flying Machine
・人殺し The Murderer
・金の凧、銀の風 The Golden Kite,the Silver Wind
・二度と見えない I see you Never
・ぬいとり Embroidery
・紅白対抗戦 The Black and White Game
・サウンド・オブ・サンダー(雷のような音) A Sound of Thunder
・山のあなたに The Great Wide World Over There
・発電所 Powerhouse
・夜の出来事 En La Nache
・日と影 Sun and Shadow
・草地 The Meadow
・ごみ屋 The Gabage Collector
・大火事 The Great Fire
・歓迎と別離 Hail and Farewell
・太陽の黄金の林檎 The Golden Apples of the Sun

よくわからないんだけど、サウンド・オブ・サンダーが映画になってるんですね。DVDの発売が2006年。
サウンド・オブ・サンダー
だからこれだけタイトルがそのまんまなんだと思います。
映画の評判はなんだかなみたいですが。

もうね、ほんとにね、みんなが言ってることですけども、ブラッドベリは、SF...サイエンスフィクションというよりも、サイエンスファンタジー、ノンノン、サイエンスはそれほど重要ではないのです。かといっておとぎ話と言うほど緩くない。ロードオブザリングほどのカッツカツのおとぎ話ではなく、グリムほどブラックではなく、星の王子さまほど優しくない。美しく可愛らしく優しくて残酷。愛しくて寂しい。甘くて苦い。この絶妙加減がもう卒倒しそうなくらいすばらしいのです。これ読みながら何度も電車の中や喫茶店で失神しそうになりました。

快・感・・・・・

てかんじに。

ブラッドベリにはまったのは、教科書での霧笛との出会いと、萩尾望都さんをポーで知って、このひとすっげー!と思っておこづかいはたいて買いまくってたらこの「霧笛」を漫画化していて、自分の空想の映像がいかにスッカスカだったかを痛感し、そこから萩尾さんの「ウは宇宙船のウ」「スは宇宙(スペース)のス」を読んで、なにこれ!なんなのこれ!特に集会!なにこれエナーおじさんなに!シシィなに!と悶絶し、原作を読まなくては!とまたブラッドベリにきた。という経路です。
つまり、萩尾さんに出会っていなかったら私はブラッドベリを読んでいなかったであろう。
私の半分は萩尾望都でできています。

この短編集のなかには、萩尾さんが漫画化したのは「霧笛」だけです。
んでも!
「ぬいとり」では、「ポーチで少女が子犬と」を思い出しました。なんとなく。
全体的に、なんとなくうすら怖さと背中合わせのような、でもその怖さというのは、熱い意思のうえにあるものだってことをなにげなく添えているような、そんなかんじだと思います。
やられたっ!と思ったのは「大火事」です。
そういう話かよ!!

先入観だけで言いますと、私はアメリカ人の作品に感動を期待しない人です。
ただなんとなく。
なんかさ、おおざっぱな感じなんですよね。アメリカというイメージが。
とかいいつつラグタイムとかレントとかむちゃむちゃ好きなんですけど。
もうほんとにね、ブラッドベリの作品から感じられる色は、薄いグレートーンの、柔らかい青色、緑はやや青みかかり、赤色はときに鮮やかで、金色はきっぱりとしていて、銀色はひえびえと冴えてる。柔らかくて深いコントラストがなめらかに揺れる。そんなかんじです。

高校生のとき友人とオタク話を繰り広げながら、本から感じるイメージを語りました。
私は視覚人間なので、あらゆるシーンを映像で考えています。
高校生の頃は、設定する空間が狭くなりがちでギュウギュウになっていたので、広げて考える練習(?)をしてました。
友人は音感人間なので、あらゆるシーンに音楽が流れるって言ってました。
びっくりしたなー。わたし、リズムさえ浮かばなかったですよ。
未だに浮かびませんよ。

ほんとうに、そうやっていつまででも空想に浸れます。ブラッドベリは。

あとがきが中島梓です。わたし彼女の本はたぶん一冊も読んでいません。なんでかって?たぶんただ単に興味がないんだと思います。グイン・サーガに至っては長過ぎて手も伸びない・・・
あとがきに、萩尾さんの名前が二回出てきます。
不思議なことにこの方、あとがきを書くために本を引っ張りだしてきたけど、読まなかったんですって。あとがきにあまり内容はありません。ただただミーハーにキャーキャー言ってるようなあとがきです。なんなんだこりゃ。
と呆れてみたものの、私だって結局これレビューじゃなくてキャーキャー言ってるだけじゃんね。同じ穴のってやつです、きっと。

だからおまいらも読め。

のだめカンタービレ (19)

うちは親と妹がすげー漫画読みなので、私の購入数は一家で一番少ないと思われます。
妹は高校生くらいのときから連載物をどかーんどかーんと揃える子だったので、らんま1/2とか幽遊白書とか手塚治虫(たぶん彼女は全制覇している)とかは全部借りて読みました。
最近だと鋼の錬金術師をかりました。
私はあんまり長い連載だと途中で諦めてしまうのですよ。
ほかにも借りたいものが実家にどっさり放置されていたんだけど多すぎて手を付けていません。
のだめの流れは
妹が買う→妹が実家に放置する→親が読む→続きが気になって親が買う→妹も続きを買って実家に放置しにくる→私が借りる→私が続きが気になって買う→親が間違えて既読巻を買ってくる→同じ巻がいくつもダブる
というかんじです。
で、19巻。

「のだめさん、ごめんなさい。」
ええのぉぉ〜
「全部しょうがないことじゃないですか・・・」
ってモノローグするのだめがかわいくてしょうがないです。
ほんとは聴きにきてもらえなかったのが悔しくてしょうがないんだけど、神様に呼ばれてビエラ先生のところへいったことのほうが大切だとのだめは思ってるから、「うおお」と言って、べつにへーきだもーん、と振る舞っておるわけですよ。
「ビエラ先生とのだめとどっちが大事ですか!」と言ったところで(言ってないけど)ビエラ先生の方が大事に決まってるんだからというのだめ思考がけなげです。

千秋はもう完全に「のだめは俺が好き」と思ってるんだけど(そうなんだけど)いちいち自信喪失するのが面白いです。背中のジッパーをあげてやるのは自分だけと思っていたのでしょうか。ふふふ。迎えにきたリュカを「子供じゃないか・・」なんつて安心しているようでいて実はあんまり安心していないのですね。ふふふ。自分の方が夢中になってることに気づいてない。

のだめの方は、千秋に音楽性をどんどん伸ばしてもらいたいことがいちばん、それに自分もついてゆきたいから頑張ることがそのつぎ、というかんじで、なんだかこの二人微妙にすれ違ってきているような気がします。これからどうするんでしょうねー。

清良がわかりやすく壁にぶち当たってるのもすばらしいなーと思いました。
ちゃんと表現者の苦悩を描いているなって。
とても面白かったです。もうちょっとで終わってしまうのでしょうか。

| 読書 | 12:55 | - | - |

敵は海賊・海賊版

神林長平は雪風しか読んだことありませんでした。
なんかこう、タイトルがやぼったいというか、カリブの海賊のダサいかんじかしらという勝手な先入観を持って食指がのびなかったんです。
なにを読もうかな〜と歴代星雲賞受賞作をみていたら、やたらとたくさん神林長平が出てくるので、もうちょっと読んどくべかと思ってたところ、ふらっと立ち寄った本屋でなんとなく買わないといけない気になったという変な動機。

星雲賞についてはいろいろ一覧が見られるサイトがあるけど、結局wikiが見やすいし、各作品のwikiページへのリンクも便利なのでこちらをご紹介。wikipedia:星雲賞
これ見ると、1974年の日本長編部門が小松左京の「日本沈没」日本短編部門が筒井康隆の「日本以外全部沈没」であるところが最高に面白いです。

「敵は海賊・海賊版」は1984年第15回星雲賞日本長編部門受賞。
画像を見て気づいた人もいるかと思いますが、表紙はあまのよしたか。天野喜孝。ここでも描いてたのか!挿絵はありません。

神林さんは工業なひとだからか、文章がデジタルなかんじです。
雪風では主人公が人間のような戦闘機のようなものなのでそんなもんかなと思ったんだけど、この「敵は海賊」はかなりドタバタありです。でも、展開がちゃかちゃかちゃかちゃか早すぎてまるで台本のト書きを延々と読んでいるような気分でした。
そもそも「敵は海賊」シリーズは短編集『狐と踊れ』のなかの「敵は海賊」が初出らしいです。これ読んでません。
なんといいますか、変な比較をするようですが、たとえば吸血鬼ハンターDなどで菊池さんは、情景描写に感嘆詞を使ったりしますが、神林さんはそういうの皆無。なんですかそれは美しいのですか?それはおぞましいのですか?というようなところは自分で想像するしかありません。
ただ唯一バスライがアレしてアレしてああなるところだけは、おお、と思いました。

というのもこの作品自体「コンピュータ支援著述ソフトウエア・ツールソフトを使用した」という設定だからなのもあるのでしょう。
パラレルワールドが同時進行で展開しつづける作品を読んだのははじめてで、だいぶ混乱しました。今どっちの話なんだっけ?
これは私がアナログな人間だからなのでしょうか。ちょっと大変でした。
更に、匋冥がかっこいいんだかなんだかよくわからない。
シャルファフィンがどんだけ美しいのかもよくわからない。
唐突にエロいこと言いだしたかと思ったらそれっきりになったので意図がわからない。
私は結局SFの非現実的な世界を楽しんでるだけで、理論とかしくみはどーでもいい読者なんだなーと自覚ができました。

つまらなかったわけではないのですよ。
既読本をずらーと並べて、「どれをもういっかい読む?」と言われたら、選ばなそうだなーというような。
つまらなかったわけではないのですよ。
私にはついてゆくのが大変だなーと・・・。
面白いんだけども、その世界観に陶酔できなくて、ドタバタはまあ面白いんだけどもドタバタ具合が濃厚すぎて読み進めるのがちょっと大変でした。

ま、でも、続きは気になります。

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